2006,11,18, Saturday
お店で大抵の物は手に入る時代に逆行している様でも、
ある意味病気のような手作り至上主義は治りません。 昨日の記事にしてもきっと、そんなモン買う方が早い。 私が作って悦に入っているのは大概いつもそのテの 代物なんですが、作る工程の楽しさ、それなりに作り 上げた時の達成感、限定品の価値観。<ま、どれも イワユル自己満足から足を洗えずにいます。 ずっと古い話ですが、デパートで大きなラウンドカラーが可愛いワンピースを購入しました。 デザインが斬新で、万人に似合うとは言い難い服。値段もちょっと思い切った買い物でした。 お休みの日に初めて袖を通し、おめかししてウキウキと新宿の街をぶらぶらしていたら、 前から歩いて来た女の子が全く同じ服を着ていました。鉢合わせでお互い気まずい空気。 そこらで売っているような服なら『あ、同じだ』で済ませるんですが、気合を入れて買った 思い入れの強い服、結構しょげながらも知らん顔で行き過ぎました。 あんなに人の溢れる街で出会ったのも今になって思えば不思議な縁、と笑えますが。 そんな風に人と同じ物がイヤ、と言う理由もあって、ブランド、と名の付くものはことごとく 敬遠するアレルギーです。まして『なんでお宅のロゴを金払って宣伝せにゃあかんのだ?』 というタイプの品物は一つとして持っていません。と言うと曳かれ者の小唄、買えないの? 可愛そうに。とかで終わっちゃう話で、事実そう言う財布の都合もありますけどね。 数年前、初めてのお孫さんに心を込めた手作り品を送られた方の話によると、お嫁さんに 陰で『貧乏ったらしい』とか『ケチ』だとか、散々に言われたそうです。 品物を見ましたけど、どれも真心込めて作られていて、ミシン掛けも手縫い部もしっかりと した出来の上下服やら、片や可愛らしい色合いのニットやら、とても素敵な品でしたけど、 このお嫁さんがまた大のブランド品崇拝者で、自分だけでなく子供服もブランド品が当然と 思っていたようで、そんな方に手作りの品はさぞ貧しい物と映ったようです。 見え難い目をこすりながら作って下さったであろう細かい編み目のしっかりしたおくるみや、 手間を掛けて綿から仕立てて下さったベビー布団のセットやら、着回して少し痛んだ部分に 可愛らしいアップリケを付けて補修して下さった子供服やら、出産時に随分頂きましたが、 どれも子どもの事を思いながら作って下さったんだろうな、との様子をまた思い浮かべては 既成の品を頂くよりずっと豊かな気持ちになれましたが。人それぞれなんですね。 |